今日は、少し個人的な話を書いてみたいと思います。 テーマは、夫婦の健康習慣の違いについてです。
「夫婦なのに、健康への向き合い方が全く違う」 実はこれ、珍しいことではないそうです。我が家もまさに、その典型的なパターンです。
私は「走る人」
私は、本格的なランニングを趣味にしています。 これまで100kmマラソンや60kmのトレイルランなどにも出場してきました。フルマラソンのレースも好きで、日々それなりにトレーニングを積んでいます。
ただ、こういう生活をしていると、どうしても「自分だけの時間」が必要になります。 走る時間、体を整える時間、大会に出かける時間……。 ふと気づくと、妻と過ごす時間が少しずつ減っているのではないか、と不安になることもあります。
妻は「家でくつろぐ人」

一方、妻の趣味はゲームです。それも腰を据えて長時間プレイするタイプ。 ソファに座り、物語の世界に没頭している姿をよく見かけます。
その一方で、お出かけは大好きですし、体を動かすことが嫌いなわけでもありません。ただ、健康面では少し心配な面もあります。脂質異常と高血圧で通院しており、毎日薬も飲んでいます。
しかし、不思議なことに彼女は免疫がとても強いのです。 風邪もほとんど引かないし、コロナやインフルエンザにもかかったことがありません。健康というのは、数値や運動量だけでは測れない、本当に不思議なものだと痛感させられます。
「よかれと思って」が裏目に出た日
私たちは、全く一緒に動いてこなかったわけではありません。
夫婦でウォーキングカフェや、走った後に温泉を楽しむ「ランニング温泉」へ出かけたこともありました。さらに昔は、100kmウォークという過酷なイベントに二人で参加したこともあり、今では大切な思い出です。
変化のきっかけは、妻が「大阪マラソンに出てみたい」と言ったときでした。 私は嬉しくなり、「ランナーとして一緒に完走したい!」と意気込みすぎてしまいました。私の指導でトレーニングを頑張りすぎてしまい、結果、妻は右膝を痛めてしまったのです。
以来、二人が並んで走ることはなくなりました。
「正論」が「共感」を追い越してしまった
最近、私は妻の健康がさらに心配になっています。
妻の母が認知症になったこともあり、どうしても将来を重ねてしまうのです。 「少しストレッチしたら?」「筋トレしたら?」 つい、そんな言葉が口をついて出ます。
ある時、妻が「更年期以降、女性特有の不調がある」と漏らしたことがありました。 私はつい、軽い気持ちで答えてしまいました。 「運動したら改善するんじゃない?」
その瞬間、妻の機嫌を損ねてしまいました。 後から気づいたのですが、彼女が求めていたのは「解決策」ではなく「共感」だったのです。私は更年期の辛さを「解決すべき問題」として捉え、即座に答えを出そうとしてしまった。 まず「それは辛いね」と受け止めることが何より必要だったのに。
「正しいこと」と「伝わること」は、決して同じではない。 そう痛感した苦い経験です。
夫婦は、同じペースじゃなくていい
夫婦関係の本によく書かれている言葉があります。
「相手を変えようとすると関係は壊れる」 健康の話も、きっと同じなのだと思います。
私は走る人。妻は家でくつろぐ人。 それでも、私たちは夫婦です。
長い距離を走るための時間は、本来なら夫婦で過ごせたはずの時間でもあります。 趣味への情熱と、パートナーへの申し訳なさ。その狭間で、今も時々心が揺れることがあります。
でも、最近こう思うようになりました。 「健康も夫婦のチーム戦。けれど、同じペースで走る必要はない」
私は走る。妻はゲームを楽しむ。 それでいいのだと思います。 ときどき一緒に散歩して、カフェに寄って、温泉に行く。 50代の夫婦には、そのくらいの距離感がちょうどいいのかもしれません。
同じゴールを目指さなくても、ただ隣にいる。 それが、これからの私たちの形なのだと感じています。


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