こんにちは、西風スマイルです。
FIRA60(60歳での、ちょっと早めのリタイア)まで、残り約580日。59歳の会社員です。
今日は、温泉の話です。
9月の中旬、妻と二人で、奈良の洞川(どろがわ)温泉に泊まってきました。
実はこの温泉街、10年ほど前に、一度だけ歩いたことがあります。
洞川温泉だとは、知らないまま。
山から出てきたら、温泉街があった
あれは、初夏だったか、秋の始まりだったか。正直、季節もはっきり覚えていません。
妻と二人で、みたらい渓谷をハイキングしていました。
エメラルドグリーンの水が、川底まで透き通っている渓谷です。大小の滝と、巨大な岩の間を流れる水。何度見ても、きれいな場所です。
ただ、当時の私には、川沿いを歩くだけでは少し物足りなかった。それで、山側を歩くコースを選びました。
これが、意外と楽しめるコースでした。
山道はそれほど険しくありません。木々の中を歩いて、歩いて、山の中からひょいと出てきたところで
「あれ?」
目の前に、木造の旅館が並ぶ温泉街がありました。
古い街並み。陀羅尼助(だらにすけ)という薬の看板。レトロな空気が、風に吹かれている。
大げさかもしれませんが、ジブリ映画に出てきそうだ、と思いました。
「へ〜、こんな所に、昭和な温泉街があるんや」
それが、洞川温泉との最初の出会いでした。
見つけ直したのは、妻だった
それから10年ほど。
今年の夏から、秋の旅行先を探していました。
候補を見ていた妻が、ある温泉街の写真に惹かれて、こう言ったのです。
「そういえば、昔ここ来たよね」
あの温泉街でした。
私は、正直ほとんど忘れていました。妻のほうが、先に気づいた。
山から出てきた時の、あの意外な感じ。レトロな昭和の街並み。二人の記憶が、一気に戻ってきました。
調べてみると、洞川温泉は大峯山の麓、標高800mを超える山あいにある温泉地です。
修験道の霊場、大峯山の登山口として、古くから栄えてきました。山で修行を終えた行者たちが、下山して疲れを癒やした「行者の湯」。そういう歴史のある場所です。
昔は、鄙びた温泉街という印象でした。
今回行ってみると、外国人の観光客が多くいました。昔ながらの温泉街を歩きたい、という人が、国内外に増えているのかもしれません。
ロードスターで、山をひとつ越えて
今回は、ロードスターで向かいました。
この夏、入之波温泉にも行きましたが、天川村は、そこから山をひとつ挟んだ南側にあります。この辺りに来るのは、最近これで2回目です。
道は、いいワインディングロードです。
オープンカーで走ると、季節がそのまま体に入ってきます。9月の中旬で、山の空気はもう少しひんやりしていました。
秋になれば、この辺りの道は紅葉が見られるはずです。屋根を開けて走るなら、たぶん最高の季節でしょう。
▶ この夏に行った、山ひとつ向こうの温泉の話はこちら → 「25年ぶりの入之波温泉で、蝉の声とノンアルビール——奈良・山鳩湯」
妻のメインは、小さなモノレール
天川村には、鍾乳洞が二つあります。面不動鍾乳洞と、五代松(ごよまつ)鍾乳洞。どちらにも、モノレールがあります。
面不動のほうは、子どもたちが小さい頃に、家族で乗った記憶があります。……これも、ほとんど忘れていましたが。
今回、妻が乗りたかったのは、五代松のほうでした。
妻は、こういう乗り物が大好きなのです。
農家の方が、急な斜面でみかんを運ぶのに使うような、小さなモノレール。それを、人が安全に乗れるように仕様を変えてあります。定員は6名ほど。
だから、到着したら直行して、順番待ちです。
今回の旅行の、妻のメインイベントでした。
そして、鍾乳洞のほうも、意外によかった。
思いのほか小さくて、モノレールに乗ってきた人数しか入れません。そのかわり、一回ごとにガイドさんがついて、中を案内してくれる。
初めて、間近でコウモリを見ました。
59歳にもなって、初めて見るものがあるというのは、なかなか面白いものです。
妻は、終始ご機嫌でした。
提灯がともる頃、ライブが始まった
宿に荷物を置いて、日没の温泉街を二人で散歩しました。
日が落ちてくると、通りに吊るされた提灯に、灯りがともっていきます。
すると、地ビールの店が開きました。
こんな山奥の温泉街に地ビールがあるとは、思っていませんでした。
提灯と、温泉街と、ビール。雰囲気が、どんどん上がっていく。
そこで、いきなり音楽が始まったのです。
縁側ライブでした。
私たちは、そんなものがあることを知りませんでした。どんなライブなのかも、まったく想像していなかった。
だから、完全なサプライズです。
その日は、ウクレレ、フルート、アコーディオンの演奏でした。演奏者が観客を巻き込んで、会場全体がライブになっていく。年配の人でも、十分に楽しめる雰囲気です。
この時期は無料で、人ほどが集まっていました。小さな椅子に座って聞く人もいれば、立って聞いている人も多い。
私は、地ビールを手に、そこにいました。
浴衣ではありません。ジャージとTシャツです。動きやすさ優先の、59歳です。

「おすすめは?」と聞いたら
ビールを買う時、店員さんにこう聞きました。
「おすすめは、どれですか?」
すると、店員さんは逆に聞き返してきたのです。
「何が好きですか?」
それで、黒ビールにしました。
美味しかったです。ほとんどの人が立ち飲みでしたが、その頃には小さな椅子も空いていて、落ち着いて飲むことができました。
ただ、あとから、ふと思いました。
あの時は、「店員さんは、どれが好きですか?」と聞けばよかったのかもしれない。
おすすめを聞くと、こちらの好みを聞き返される。でも、その人自身の好きなものを聞けば、その店の本当の一杯に出会えたかもしれません。
……次に行く時の、宿題にしておきます。
隣を見ると、妻が手拍子をしていました。
妻はリズム感がいい、音楽に合わせて、体を揺らしている。
あとで聞くと、今回いちばん良かったのは、この縁側ライブだったそうです。
提灯の下で、音楽と、黒ビールと、手拍子の妻。
入之波では、蝉の声を聞きながら一人でノンアルビールを飲みました。今回は、二人で、音楽の中でした。今年の秋は、いいビールに恵まれています。

行者の宿に泊まる
泊まったのは、「行者の宿 角甚(かどじん)」という旅館です。
江戸時代に、修験者——山伏の宿として始まったそうで、今もその趣が残っています。建物には歴史を感じますが、内装はきれいに整えられていました。
部屋は、温泉街を見下ろせる側。窓の外に提灯の通りが見えて、部屋にいても温泉街の気分が味わえます。
お湯は、入之波とはまったく違うタイプでした。無色透明の、やさしい湯です。
入之波の濃い金湯が「お湯で勝負する温泉」だとしたら、洞川は「雰囲気に浸かる温泉」だと思います。
宿の案内によると、ここには陀羅尼助の原料になる生薬を使った「漢方の湯」もあります。
そして、よかったのが貸切の露天風呂です。
久しぶりに、夫婦で一緒に湯に浸かりました。
何を話したかは、覚えていません。でも、いい時間でした。
夕食は、ぼたん鍋。外では黒ビールでしたが、食事にはフルーティーなビールを合わせました。これも、よく合いました。
こぢんまりとした旅館と、こぢんまりとした温泉。それが、この温泉街には、ちょうどよかったのです。

歩いて来るなら、みたらい渓谷から
最後に、10年前に歩いたハイキングコースも紹介しておきます。
みたらい休憩所から、みたらいの滝、光の滝を経て、観音峯登山口を通り、洞川温泉へ抜けるコースです。
渓谷を抜けると、渓谷らしさは消えて、山道になります。そして山の中から、あの温泉街に出てくる。
ゴールに温泉街があるハイキングは、なかなかありません。
ただし、このあたりの道は、2023年頃に通行止めになっていたことがあります。行く前には、天川村の最新情報を必ず確認してください。
近くには、名水百選の「ごろごろ水」もあります。この水で作る豆腐やコーヒーが、洞川の名物です。
この渓谷から、弥山に登った
みたらい渓谷を見ると、もうひとつ思い出すことがあります。
妻と二人で、この渓谷から弥山(みせん)に登ったのです。テント泊でした。
私が担いだ荷物は10キロ、妻は8キロほど。
上級者向けのコースだとは、知らずに登りました。
しんどかった、という記憶しかありません。
でも、あの時間を二人で共有したことだけは、はっきり残っています。
今はたぶん、二人ではもう登れないと思います。あの時だったから、登れた。
それが、みたらい渓谷を見るたびに、よみがえってきます。
ちなみに、この一帯には、大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)という修験の道が通っています。吉野から熊野まで続く、本当に険しい道です。今も女人禁制の区間があると知った時は、驚きました。
私たちには、もう少し手前の山で十分です。
おわりに
10年前、山から出てきて、偶然見つけた温泉街。
それを忘れかけていた私のかわりに、妻が見つけ直してくれました。
そして泊まった夜には、知らなかったライブが、いきなり始まった。
洞川温泉は、偶然に縁のある温泉街なのかもしれません。
情報を集めて、計画通りに楽しむ旅もいい。でも、こういう偶然が重なる旅も、悪くないものです。
次に行く時は、店員さんに「あなたは、どれが好きですか?」と聞いてみようと思います。
それと、たぶん、ジャージはやめます。
それでは、また。


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