ポジションを失った日、57歳のベテランが気づいたこと——58歳キャリアジャーナル①

キャリアジャーナル

1年前、私は統括責任者のポジションを外れた。

原因は連絡ミスを3回。自分でも「当然だ」と思った。それでも、船底に沈んだような感覚は、しばらく続いた。

こんにちは、西風スマイルです。 58歳・化学プラント勤務・サラリーマン歴40年。あと2年でFIRA60(60歳リタイア)を目指しています。

この記事は、ポジションを失って気づいた「仕事の意味」と、キャリア終盤の正直な心境を書いたジャーナルです。同じような経験をした方、あるいはこれから迎えるかもしれない方に、何か届けば嬉しいです。

58歳になった今、あらためて自分の「仕事」を振り返ると

私は転職して30年間、化学プラントの運転部門で働いてきました。

現場オペレーター、コンソールオペレーター、そして統括責任者。この3つの職種をすべて経験し、かつては管理職も任されていました。

現場で手を動かしながら、全体を俯瞰し、他部署とも会話できる。そういう立ち位置にいました。

正直に言えば、そこには少しのプライドがありました。自分で言うのは気恥ずかしいですが、「自分にしかできない役割」だと思っていた部分もありました。

ポジションを失った日

転機は1年前に訪れました。

連絡ミスを3回起こしました。いわゆるヒヤリハット的なものです。大きな品質問題ではありませんでしたが、私自身も自信をなくし、上司からも厳しい評価をされました。

「57歳のベテランがやるミスではない」

その一言で、統括責任者のポジションから外れ、現場オペレーター専任になりました。

正直、当たり前の結果です。でも、ショックでした。船底に沈んだような感覚でした。

ただ、冷静に見れば給料は大きく下がったわけではありません。統括責任者手当が月2.5万円減った程度。年収で言えば30万円ほどの差です。会社の制度や人手不足の影響もあり、年収自体はむしろ微増。

生活は変わらない。 でも、心の中は大きく揺れました。

俗に言う「働かないおじさん」になってしまう恐怖、というのも、正直ありました。

失って気づいたこと

仕事量は明らかに減りました。

その分、時間に余裕ができました。AIの勉強をしたり、スタッフ的な仕事を手伝ったり、これまでできなかったことに手を伸ばせるようになりました。

何より大きかったのは、「若手との距離」です。

彼らはいい意味で力が抜けています。

「〇〇さん、そこまで求められてないですよ」

そんな言葉に、肩の力が抜けました。少しの工夫で仕事を回す彼らを見ていると、昔の自分がどれだけ全力で走っていたかを思い知らされます。

そして時々こう言われます。 「〇〇さんみたいにはできないです」

おだてが入っているのはわかっています。でも、それでも悪い気はしません。

気づけば、私は以前よりも楽に、気持ちよく仕事ができるようになっていました。

周囲の反応と、奇妙な違和感

ポジションを外れたことで、周囲にも変化がありました。

若手からは「前のポジションに戻ってください」と言われました。

正直なところ、「自分がやりたくない仕事を押し戻したい気持ち」も感じました。それでも、頼られているのは嬉しいものです。

中堅社員からは「〇〇さんがいないと残業が増える」とも言われました。

お世辞かもしれません。でも、長年やってきた仕事が誰かの役に立っていたことは、素直にありがたく感じました。

一方でこうも思いました。

「自分は、なんであんなにしんどいことをやっていたんだろう」

仕事がくれたもの

振り返ると、私はこの仕事にずいぶん育てられました。

技術課が思いつかない運転方法を考えたり、省エネを追求したり、ときには”おもちゃ”のようにプラントを扱い、試行錯誤を繰り返したり。戦闘機を操縦するような感覚すらありました。

知識と経験、そしてそれを追い続ける「心」。それを手に入れられたことは、今でも大きな財産です。

同僚にも感謝しています。支えてくれた人もいれば、足を引っ張られたこともある。それも含めて、現場という環境だったと思います。

若手と「社会資本」

今でも若手は気軽に声をかけてくれます。

それが、私にとっての「社会資本」だと感じています。

定年になれば、この関係は一度手放すことになります。それが、少し惜しい。

ただ最近、気になることもあります。

工場の中でもスマホが当たり前になり、空き時間にはゲームや動画に時間を使う若手も多い。「その時間、俺にくれ」と思うこともあります。AIを使った運転改善や効率化、まだまだやれることはある。

でも、すぐに思い直すのです。

私だって35歳の頃、今の若手とそう違わなかったかもしれない。必要な壁に当たれば、人は自然と動く。それを見てきた30年でした。

だから今は、「これでいい」と思っています。

58歳の、正直な気持ち

退職は楽しみです。

煩わしい人間関係から解放される。危険物を扱う者として常に付きまとう緊張感からの解放。それは間違いなく、大きなメリットです。

一方で、ここで築いた社会資本を手放す寂しさもある。

でも、これは通過儀礼だと思っています。

30年前、私は自分でこの会社を選び、ここに来ました。だから次も、自分の足で次の場所に行く。新しい社会資本をつくる。いわば「サードプレイスを育てる感覚」ですね。

仕事と、これから

機械と向き合う仕事は、これからもなくならないと思います。

AIが進化しても、本質は変わらない。

  • 機械を使う人
  • 機械を直す人
  • 機械を作る人

この3つは残り続ける。だからこそ、現場でしか得られない経験には価値がある。

その世界で、年齢の割に十分すぎる給与をもらえたこと。これは運が良かったとしか言いようがありません。

会社には、感謝しかありません。

最後に

私は「リベンジ退職」のようなことは考えていません。

最後まで現場に立つつもりです。油にまみれて、汚れる仕事をやりきる。

もっと要領よく、楽に終わる道もあるでしょう。でも、それは選ばないと思います。

ポジションを失ったことで、私は仕事の意味を少しだけ理解できた気がします。

プライドは役割に宿るものではなく、「どう向き合ってきたか」に宿るものだった。

そう思えるようになった今、このまま最後までやりきろうと思っています。

次回「58歳キャリアジャーナル②」では、退職まであと700日の正直な気持ちを書く予定です。

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