年収600万円、5年で3,000万円——足りているのに、なぜ惜しいのか(FIRA60前のモヤモヤ① お金編)

FIRA60ー退職

こんにちは、西風スマイルです。

FIRA60(60歳での、ちょっと早めのリタイア)まで、残り約580日。59歳の会社員です。

先日、会社の若い子と雑談をしていて、こう言われました。

「西風さん、フルタイムで残ったら、年収600万円あるらしいですよ」

突然の一言でした。

今回から3回に分けて、この一言から始まった、FIRA60を前にしたモヤモヤについて書きます。お金、健康、時間の順番です。

第1回の今回は、お金の回です。

キャッシュフロー表は、何度も作ってきました。AIに添削させて、最悪のパターンも計算しました。数字の上では、60歳で辞めても足りています。

それなのに、たった一言で、気持ちが揺れた。

表には出てこない答えを、探してみようと思います。

「5年で3,000万円」が、頭の中で一人歩きした

言われた瞬間、私はその数字を、そのまま信じました。

そんなに、あるのか。

そして頭の中で、勝手に掛け算が始まりました。

600万円、5年で、3,000万円。

3,000万円ですよ。

それを、自分から手放そうとしている。

人的資本を、無駄にしているんじゃないか。

そんな気がして、少しモヤモヤしました。

その日、家に帰ってから、妻にもこの話をしました。妻の反応は、第3回で書きます。

それくらい、引きずっていたということです。

悪気は、なかったと思う

誤解のないように書いておきます。

その若い子に、悪気はなかったと思います。

たぶん、どこかの飲み会の席で、再雇用の人の給料の話が出たのでしょう。

酒の席の話は、だいたい大きくなります。

それがそのまま、雑談のタネとして私のところに回ってきた。それだけのことです。

60歳で辞めると公言してから、いろんな声が聞こえるようになりました。

残ってほしいと言ってくれる人もいれば、今すぐ辞めてもいいんじゃないの、と言う人もいます。

こういう話が出てくるのは、想定の範囲内です。

それに、30歳前後の人が、60歳の時間の感覚を想像できないのは、当たり前のことです。

30歳の頃の私が、同じ話を聞いたら。たぶん同じように、「5年で3,000万円、もったいない」と掛け算したはずです。

だから、モヤモヤの相手は、彼ではありません。

その数字に、あっさり揺れた、私自身です。

何年もキャッシュフロー表を作ってきたのに、いまだにお金の物差しで、時間を測ってしまう。

その癖が、自分の中にまだ残っていたことが分かった。

それが、モヤモヤの正体でした。

600万円の、実態

冷静になってから、会社の再雇用者の給与水準を調べてみました。

組合が出している資料をもとに計算すると、あっても500万円程度。今の年収からは、大きく下がりますが、

これは、最初から想定していた水準でした。

それに、比較の元になった人と、私が再雇用で担うであろう業務は、たぶん違います。単純には比べられません。

さらに、額面と手取りは違います。

あくまで目安ですが、

社会保険料と税金で2割ほどは引かれます。
額面500万円なら、手取りは400万円弱。仮に600万円だったとしても、手取りは470万円前後です。

時間でも、考えてみました。

フルタイムなら、年間の労働時間は2,000時間弱。そこに、片道50分の通勤が加わります。往復で、年間400時間ほど。

手取りを、仕事と通勤の時間で割ると、実質の時給は、ざっくり1,700円から2,000円くらいになります。

今の私の残業代は、1時間5,000円ほどです。

同じ私の1時間が、60歳を境に、半分以下の値段になる。

5年で3,000万円という数字は、こうして分解していくと、ずいぶん違う姿に見えてきます。

※給与や手取りは、条件によって大きく変わります。ここに書いたのは、私の場合のざっくりした目安です。

▶ 1時間5,000円という値札の話は、こちらに書きました →  残業1時間、約5,000円——未来の自分への仕送り【キャリアジャーナル⑥、退職まで580日】

それでも、惜しいと思う理由

では、計算して冷静になったら、モヤモヤは消えたのか。

正直に言うと、少し残りました。

理由のひとつは、年金です。

私の生まれ年だと、60歳から65歳までは、年金がまったく出ません。この5年間は、収入がゼロになります。

そこに、働けば入ってくるお金がある。そう考えると、惜しくなるのは自然なことかもしれません。

この5年間は、退職金を一時金で受け取って、現金のクッションでしのぐ計画です。数字の上では、それで足ります。

それでも、惜しい。

▶ 年金が出ない5年間を、どうしのぐかの話はこちら → 「退職金、私は全額「一時金」で受け取る」

使い切れない怖さと、尽きる怖さ

老後のお金には、二つの怖さがあると言われます。

ひとつは、使い切れないまま死ぬ怖さ。

もうひとつは、途中で尽きる怖さ。

以前、『DIE WITH ZERO』という本のことを書きました。お金を残して死ぬのは、使えたはずの時間と経験を捨てることだ、という考え方です。頭では、よく分かっています。

でも、本音を言うと、私は途中で尽きるほうが怖い。

65歳からの年金は、生活費の半分から3分の2くらいを賄える見込みです。遊びのお金を除いた生活費なら、8〜9割は年金で回ります。

キャッシュフロー表の上では、十分に足りている。

それなのに、尽きる怖さは消えない。

この怖さは、表のどこにも書いてありません。

「もらえるはずのお金」を、失うと感じる

なぜ、足りているのに惜しいのか。

調べてみると、行動経済学に「損失回避」という考え方がありました。

人は、何かを得る喜びより、何かを失う痛みのほうを、ずっと強く感じる。そういう性質があるそうです。

私が感じたのは、まさにこれでした。

まだ1円ももらっていない3,000万円を、私は「失う」と感じていたのです。

FIREを目指す人たちの間では、「ワンモアイヤー症候群」という言葉もあります。あと1年だけ働けば、もう少し安心できる。そう思って1年延ばし、また1年延ばし、気づけば辞められなくなっている、というものです。

600万円の一言は、その入口だったのかもしれません。

永遠に生きるつもりで、計算している

60歳で再雇用をしない、という考えは、今も変わっていません。

それなのに、数字ひとつで、心は揺れる。

揺れた理由を、もう少し考えてみました。

たぶん私は、まだ心のどこかで、自分が永遠に生きると勘違いしているのです。

今の体の調子が、90歳まで続く。そんな前提で、5年という時間を、お金に換算していた。

でも、それはあり得ません。

時間は有限で、健康という資産にも、限りがあります。

3,000万円と引き換えに差し出す5年間は、ただの5年間ではない。

体が元気に動く、残り時間の5年間です。

数字では、足りている。

でも、気持ちが追いついていない。

次回は、健康の回です。その「体の残り時間」の話を書きます。

……とはいえ、あの日の帰り道、頭の中ではまだしばらく、「5年で3,000万円」が回っていたのですが。

それでは、また。

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