「資産5,000万円でも破産寸前」──怒りながら見た煽り動画に、途中で反省

FIRA60ー退職

こんにちは、西風スマイルです。

58歳、サラリーマン生活もかれこれ40年。60歳での早期リタイア「FIRA60」を目指しながら、お金・時間・健康・好奇心・社会資本という「五つの富」について、あれこれ考えています。

先日、YouTubeで一本の動画を見かけました。「年金月25万円の盲点。先進医療で月30万円請求、資産5,000万円でも破産寸前」。
だいたいそんなタイトルで、サムネイルには、涙を流すお婆さんの姿がありました。

正直に言うと、最初から「またこの手の煽りか」と思っていました。少しいらだちながら、半分けんか腰で、再生ボタンを押したのです。老後不安を大きく見せて再生数を稼ぐ、いつものやつだろうと

なぜ、そこまで身構えたのか

私は数年前、両親を見送りました。

父はもうずいぶん前に、母は数年前に。父は施設から病院へ、母は病院で。

どちらも、目の前で最期に立ち会えました。手続きも、支払いも、自分の手で行いました。

だから、医療費が実際にどのあたりで止まるのか、頭ではなく体で、少しだけ知っているつもりでした。

「月30万円がずっと続く」という前半の語り口に、経験からくる違和感があったのです。

ところが、最後まで見て、少し景色が変わった

後半になると、動画はちゃんと、高額療養費制度の説明に入っていったのです。

前半10分のインパクトが強すぎて「破産する」という印象だけが残っていましたが、制度に当てはめれば、全員が一発で破綻するわけではない、という仕組みまで、きちんと触れていました。

つまり、動画が嘘をついていたわけでは、なかった。前半の演出が強かっただけで、私はその演出に、まんまと感情を動かされていた。

そしてもう一つ、これが自分でも少しこたえたのですが
──最初から「どうせ煽りだ」と頭から決めつけて見始めた自分も、たいがいだったな、と思ったのです。

参考までに ── 実際は、どのあたりで止まるのか

ごく平均的な年金夫婦を、思い浮かべてみます。

夫の年金が年200万円(月およそ16.6万円)、妻が年130万円(月およそ10.8万円)。合わせて、世帯で年330万円ほど。

このくらいの世帯なら、大きな手術で入院しても、今の制度では、窓口の支払いはひと月およそ57,600円で頭打ちになります。これは煽りでも慰めでもなく、ただの、仕組みです。

実は以前、自分の老後に向けて、医療費や介護費をいくら見ておくか、このブログでも一度、自分で試算したことがありました。

▶ そのときの試算は、こちらに → 医療費、介護費はいくら必要?ライフプランに組み込む方法

両親を見送って体で知ったことと、そのとき調べたことが、この動画の前で、静かに効いてきた、という感じでした。

(※この上限額は、2026年7月時点のものです。2026年8月から段階的に改正される予定なので、正確な最新の金額と、区分ごとの数字は、いずれ別の記事で整理します。)

制度を知らないまま、あの動画に出会ったら

ここで、「モヤっと」と思ったこと。

制度を体で少しは知っているつもりの私でさえ、あの前半10分で、心が揺れた。
では、制度をまったく知らないまま、60歳を過ぎ、70歳を過ぎて、初めてあの動画に出会った人は、どうなるのだろうと。

おそらく、私よりずっと大きく、動揺するはずです。

自分は、データを見ているだろうか。
制度の仕組みを、知っているだろうか。
いざ困ったとき、役所のどこに相談すればいいかを知っていて、そして、相談できる相手が身近にいるだろうか。

──そう自分に問い返すと、動画の煽りに揺れるかどうかは、結局ここで決まるのだと思えてきました。

だから、よく調べて知っておくことは、やっぱり大事なのです。

実際に自分が、75歳、80歳になったとき

ただ、正直に書いておきます。

今こうして冷静に計算できていても、実際に自分が75歳、80歳になって当事者になったとき、同じように落ち着いて、正しく判断できる自信は、まったくありません。

だからこそ、いざというときに専門家にも相談できる状態を、元気なうちに用意しておきたい。それも「備え」の一つだと思うのです。

そして、両親を見ていて感じたのは、老いというのは、75歳で急にスパッと線が引かれるものではなく、じわじわと、少しずつ進んでいく、ということでした。

だからこそ、今のうちにできることがあります。

かかりつけになりそうな病院を、調べておく。
老後にいくらかかるか、ざっくりでも一度、試算しておく。

それだけでも、いざというときの足元が、ずいぶん違ってくるはずです。

もっとも、そこまで準備したところで、老後の不安が完全に消えることは、ないのでしょう。

不安は、たぶん、ずっと隣にいる。

それを消そうとするのではなく、抱えたまま、少しずつ手を打っていく。
今の私にできるのは、そのくらいのことなのかもしれません。

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