こんにちは、西風スマイルです。
FIRA60(60歳での、ちょっと早めのリタイア)まで、残り約610日。59歳の会社員です。
お金・時間・健康・好奇心・社会資本という「五つの富」を見つめ直しながら、50代最後の1年間を噛みしめています。
少し前に、親の老後問題を三回に分けて書きました。
その中で、こんな話をしました。ろくにコミュニケーションを取っていない息子から、突然「お金、大丈夫なの?」と聞かれると、親は不信感を持ってしまう、と。
今度は、逆の立場の話です。
FIRA60を迎える私が、子どもにお金をどう渡すのか。あるいは、渡さないのか。
先に言っておきますが、答えは出ていません。
「うちは裕福だ」と言った瞬間に、起きること
親の老後問題の裏返しとして、こんな場面を想像してみてください。
子どもに「お金、大丈夫なの?」と聞かれて、親がこう答える。
「全然、心配いらないよ。これだけあるんだから。うちは裕福なの」
親としては、安心させるつもりです。でも、それを聞いた子どもは、どう思うでしょうか。
そんなにあるのなら、少し分けてくれない?
……そう思う息子や娘がいることに、親は気づいたほうがいい。私はそう思います。
親にお金があると分かった瞬間から、子どもはそれを当てにします。悪気があるわけではありません。ごく自然に、受け取って当然のもののように、思い始めるのです。
「親の資産を引き継いだら、俺FIREだから」
実は、身近にそういう例があります。
職場に、いわゆる実家が太い同僚がいます。たぶん、親の資産額を聞いたのでしょう。
その彼が、常々こう言うのです。
「親の資産を引き継いだら、俺、FIREだから」
それって、違うんじゃない?
そう思いましたが、私は何も言いませんでした。黙って、その場を離れました。それ以来、彼とはあまりお金の話をしないようにしています。
FIREを目指す人の会話では、あまり出てこないワードが出てくるので、聞かないようにしている、というのが正直なところです。
ただ、最近は少し心配にもなります。資産のある親を持つ人の口から出てくるキーワードが、どうも危なっかしいのです。大丈夫かな、と思う瞬間があります。
チャーリー・マンガーの、残酷な答え
投資家のチャーリー・マンガーに、こんな逸話があります。
ある裕福な友人が、彼に尋ねました。
「チャーリー、もし私が子どもたちに全財産を遺したら、彼らの野心ややる気を台無しにしてしまうだろうか?」
マンガーは、一切オブラートに包まずに答えました。
「もちろん、台無しになるさ。だが、それでも君は彼らにお金を遺さなければならない」
友人が驚いて、「なぜだ? 台無しになると分かっていて、なぜ遺さなきゃいけないんだ?」と聞き返すと、マンガーはこう言い放ったそうです。
「なぜなら、もしお金を遺さなければ、子どもたちに死ぬほど憎まれるからだ」
台無しになると分かっているのに、それでも残すしかない。
ちなみに、「富は三代続かない」という言い方は、日本だけのものではありません。国が変わっても、似たようなことわざが残っているそうです。洋の東西を問わず、みんな同じところで躓いてきた、ということなのでしょう。
白状します。狂ったのは、私です
ここまで、まるで他人事のように書いてきました。
でも、実は私自身に、思い当たる経験があります。
23歳か24歳の頃です。私は、宝くじに当たりました。
金額は、100万円。宝くじとしては、たかが知れた額です。
ただ、当たった時期が問題でした。人生でいちばんお金が必要で、いちばんお金が無かった時期だったのです。結婚を控えていました。
当たったと分かった瞬間、私が思ったのは、これでした。
「これで、結婚できる。」
それから数ヶ月、自分では、いたって普通に過ごしていたつもりでした。
ところが後年、当時いちばん身近だった友人——ほとんど毎日一緒に遊んでいた友達に、こう言われたのです。
「お前、あの頃、ぶっ飛んでたよ」
ゴルフクラブを買い、友達に奢り、やたらと勢いがあった、と。
本人には、まったく自覚がありませんでした。
これが、私がこのテーマで一番言いたいことです。
人は、持ったことのない額のお金を持つと、狂います。しかも厄介なことに、狂っている自覚が、本人にはないのです。
たかが100万円で、そうなりました。
もっとも、そのお金は最後に、妻に贈る指輪とネックレスになりました。おかげで、私は結婚できたわけです。
お金の威力は、凄い。あの時、心底そう思いました。そして、稼ごうと思った。今にして思えば、あれが私の金銭感覚の原点なのかもしれません。
金融リテラシーは、すぐには身につかない
だからこそ、思うのです。
金融リテラシーというのは、勉強したからといって、すぐに身につくものではありません。
……こう書くと、自分には金融リテラシーがある、というおごりに聞こえるかもしれません。もしそう聞こえるなら、控えたいと思います。
それでも、これだけは書いておきたい。
持て余すほどの資産を、若いうちに、何の苦労もなく受け取ってしまうと、間違った考えが育ってしまう。そして結果的に、そのお金のせいで不幸になる息子や娘がいます。
「あのお金を渡すんじゃなかった」
そう後悔することだけは、避けたいのです。
それでも、親は渡してしまう
ところが、現実はそう単純ではありません。
資産のある親ほど、結局は子どもにお金を渡してしまう。理由は、身も蓋もないものです。
嫌われたくないからです。
マンガーが言った通りでした。
世の中には、両極端の話が転がっています。「良かれと思って遺さなかったら、絶縁された」。「生前贈与をしたら、子どもが働かなくなった」。
どちらも本当にあることなのでしょう。
戒めは必要かもしれません。でも私は、そこまで強くはなれない気がしています。
同じお金でも、渡す年齢で意味が変わる
少し、現実的な話をします。
自分の感覚で言うと、20代や30代でお金をもらうと、「本当にくれるの?」という感じで、ありがたく受け取ります。
ところが45歳から50代くらいになると、感覚が変わります。もらう前に、「親の老後、大丈夫?」と言ってしまう。親の今後を、心配する側に回るのです。
同じ金額でも、渡す年齢によって、意味がまるで違ってきます。
よく聞くのは、子どもの住宅購入の頭金を出した、という話です。奨学金を、親が退職金で返してやった、という話も聞きます。
周りの反応は、たいてい「羨ましい」「恵まれてるね」です。
でも、その親の経済状態までは、誰にも見えません。
もし、老後資金や退職金を生前贈与に回しているのだとしたら、話は複雑です。
親の資産のリソースは、決まっています。老後資金を先に回せば、老後にかかる費用が消えるわけではありません。ただ、未来に先送りされるだけです。
結果として、65歳、70歳まで働くことになる。あるいは、いざという時の入院費を、結局は子どもが負担することになる。
働くことが悪いと言っているのではありません。ただ、順番を間違えると、めぐりめぐって子どもに返ってくる、ということです。
私がやっていること——毎月1万円
では、私自身はどうしているのか。
生前贈与をしています。ただし、ごく少額です。
子どもが独り立ちしてから、初めに100万円を子供達のNISA口座に一括投資、その後は毎月1万円ずつ。子どものNISA口座に積み立てています。
100万円くらいなら、もし無くなっても、良い勉強になるかもしれない。そのくらいに思うようにしています。
……そう、あの宝くじと、同じ金額です。
口座は、本人が管理しています。私は自由に見ることはできません。年に一回くらい、証券会社の口座を見せてもらう程度です。
なぜ現金で手渡さないのか。理由は単純です。
もし私が子どもの立場なら、「これは大事にしろよ」と言われながらお金を渡されるのは、嫌だからです。
NISA口座への積立なら、そういう言葉を添えずに済みます。仕組みが、代わりに言ってくれる。
ちなみに、私の株式の含み益は見せないようにしています。退職金の額にも、幸い、興味はなさそうです。よかった、と思っています。
NISAに入る前に、消えていた
ひとつ、実際にあった話を書きます。
年に一回、口座を見せてもらった時のことです。証券口座に入る前の、本人の銀行口座から、そのお金が消えていました。
「何に使ったの?」
普通に、そう聞きました。怒ってはいません。渡したお金を使うのは当たり前だと思っていましたから。
返ってきた答えは、素直なものでした。
転職活動中で、資金がなくて。
正直に言うと、その時はホッとしました。NISAの投資信託までは、手をつけていなかったからです。
でも今は、少し考えが変わりました。
いつ使ってもいい、と思うようになったのです。
20代の子どもとは、そんなものでしょう。困った時に使う。それも必要な経験なのだと思います。
それに、あれは自己投資でした。転職のための活動費です。文句のつけようがありません。
……まあ、推し活に使われたら、ちょっと考えますけどね。
お礼は、ありません
ちなみに、子どもたちからお礼を言われたことは、ほとんどありません。
これをどう思うか。
たぶん、本人たちも「これは自分のお金ではない」と思っているのだと思います。だから、いちいち礼を言うようなものでもない、と。
……そう思いたい、というのが本音かもしれません。
おわりに
この問題に、答えは出ませんでした。
渡しすぎれば、子どもの野心を削ぐ。渡さなければ、憎まれる。渡すなら、いつ、いくら、どんな形で渡すのか。
私にできるのは、毎月1万円を、子どもの口座に積み立てることくらいです。あとは、子どもたち自身の金融リテラシーが育ってくれることを、祈るのみ。
それでも、結婚する時には、たぶんお金を出すのでしょう。
可愛い子供たちには、できるだけ嫌われたくない。それが、私の本心です。
結局、私も、決断できていません。
それでは、また。


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