体には、締め切りがある——60歳からの5年は、残り時間の4割(FIRA60前のモヤモヤ② 健康編)

FIRA60ー退職

こんにちは、西風スマイルです。

FIRA60(60歳での、ちょっと早めのリタイア)まで、残り約580日。59歳の会社員です。

FIRA60を前にしたモヤモヤ、第2回です。

前回は、会社の若い子に「フルタイムで残ったら年収600万円」と言われて、お金に揺れた話を書きました。5年で3,000万円。頭では足りていると分かっているのに、気持ちが追いつかない。

そして最後に、こう書きました。

私はまだ、自分が永遠に生きると勘違いしているのかもしれない、と。

今回は、健康の回です。その勘違いの話を、体の残り時間から書いてみます。

▶ 第1回は、こちら → 「年収600万円、5年で3,000万円——足りているのに、なぜ惜しいのか(FIRA60前のモヤモヤ① お金編)」

健康寿命という、もうひとつの数字

「健康寿命」という言葉があります。

介護などを必要とせず、日常生活に制限なく過ごせる期間のことです。

厚生労働省の統計(2022年)では、男性の健康寿命は72歳台。平均寿命は81歳前後です。

つまり、平均すると、人生の最後の8〜9年は、何らかの制限を抱えて過ごすことになります。

72歳。

思っていたより、ずっと近い数字でした。

60歳からの5年は、残り時間の4割

ここで、少し計算をしてみます。

60歳から、健康寿命の72歳台まで。元気に動ける時間は、平均して12〜13年ほどです。

そのうちの、60歳から65歳までの5年間。

これは、元気に動ける残り時間の、約4割にあたります。

もちろん、平均の話です。私がそれより長く元気でいられるかもしれないし、短いかもしれない。誰にも分かりません。

でも、前回の話を、この物差しで測り直すと、こうなります。

年収600万円で売ろうとしていたのは、ただの5年間ではない。

元気に動ける残り時間の、4割だった。

3,000万円という数字が、少し違って見えてきました。

父は、69歳まで働いた

72歳台という数字を見て、父のことを思い出しました。

私の父は、69歳まで働きました。

退職して数年たった、72か73の頃。手が震えるようになりました。
病院で告げられたのは、パーキンソン病でした。

退職から診断まで、わずか3〜4年です。

そこから病気は少しずつ進み、父は80歳で亡くなりました。

統計の健康寿命の72歳台は、父が病気を告げられた年齢と、ほとんど同じでした。

父を責めたいわけではありません。父の世代は、そうやって家族を支えてきたのだと思います。

ただ、どれだけ働いても、どれだけ蓄えても、体が動かなくなれば、その先にあるはずだった時間は、静かに閉じていく。

私が、健康というものを本気で意識したのは、父のことがあってからでした。

もし私が65歳まで働けば、会社を離れるのは、父より4年早いだけです。

▶ 父のことは、こちらの記事にも書いています → 「五つの富——父のこと、友のこと、そして妻と眠った夜のこと」

締め切りは、もう一つ来ている

体の締め切りというのは、ある日まとめてやってくるものではないようです。

私自身にも、ひとつ、もう過ぎた締め切りがあります。

50歳の頃、妻と二人で、奈良の弥山に登りました。テント泊です。私は10キロ、妻は8キロほどの荷物を担いで、上級者向けのコースだとも知らずに登った。

しんどかった、という記憶しかありません。

でも今は、たぶんもう二人では登れません。

あの時だったから、登れた。

いつ締め切りが来たのかは、分かりません。気づいた時には、もう過ぎていました。

締め切りというのは、そういうものなのだと思います。

▶ 弥山の思い出も書いた、奈良の温泉の話はこちら → 「10年前、偶然歩いた温泉街へ——奈良・洞川温泉、提灯の下で黒ビール」

体の変化を、歳のせいにしない

では今、体の衰えを感じているのか。

正直に言うと、あまり感じていません。

というより、感じないようにしています。体の不調を、歳のせいにしないと決めているのです。

筋肉痛は、トレーニングのせい。

老眼は、仕方ない。もう慣れました。

耳鳴りは、何かに集中すれば消えます。

仕事のスピードも、昔はもっと速かったと思います。でも今は、今のスピードが私の最速だと考えるようにしています。無理に「もっと、もっと」とは思わない。

判断力も、鈍るのが当たり前です。だからそのぶん、間違えないように慎重になる。迷ったら、誰かに相談する。

こう考えると、焦らなくていい。

ずいぶん、楽に生きられるようになりました。

いつまで走れるかより、いつまで練習するか

フルマラソンを完走できるのは、あと何年だろう。

考えても、仕方がないと思っています。

今の私は、80歳まで走れると思っています。根拠はありません。気持ちの問題です。

80歳という数字には、理由があります。父が、人生を終えた年齢だからです。その同じ年齢で、私はまだ、自分の足で走っていたい。

それより大事なのは、いつまで走れるかではなく、いつまで練習するか、いつまで努力するか、です。

つまり、モチベーションを保てるかどうか。

敵は、いくつもあります。雨だから。やる気になれないから。妻との時間を優先したいから。時間は、いつだって取り合いです。

でも、いちばん危ない敵は、これです。

歳だから。

この言葉を一度使うと、たぶん、そこから先には進めなくなります。

▶ 8月に1kmも走れなかった今年の話は、こちら → 「59歳マラソンへの挑戦——8月走行距離0km、それでもPB挑戦」

人は、精神から老いる

私は、人は精神から老いるのだと思っています。

体より先に、気持ちが老ける。そして、気持ちに引っ張られるように、体が老けていく。

だから、自分を大切に扱うようにしています。

鏡を見た時に、「俺はもうダメだ」とは考えない。思わない。

そのために、身支度を整えます。自分を、いつもピカピカにしておく。

目に入る自分がピカピカなら、自然と「俺は大丈夫」と思えるようになるからです。

自分を大切にするというのは、たぶん、そういうことなのだと思います。

体力が要ることから、先にやる

とはいえ、気持ちだけで締め切りが延びるわけではありません。

『DIE WITH ZERO』には、「タイムバケット」という考え方が出てきます。人生を年代ごとの箱に分けて、それぞれの箱に、やりたいことを入れていく。

そして、体力が要ることから、先にやる。

以前書いた私のバケットリストには、スカイダイビングも、バンジージャンプも、完走できなかったトレイルレースへの再挑戦も、富士登山競走も入っています。

どれも、体が動くうちにしかできないことです。

60歳からの5年間を会社に売れば、これらは、その後ろの箱に回ることになる。

後ろの箱に回したものが、ちゃんと間に合うのかどうか。

弥山のことを思うと、あまり自信はありません。

▶ 私のバケットリストは、こちら → 「バケットリスト、等身大の58歳の悩み」

おわりに

体には、締め切りがあります。

しかも、いつ来るかは分からない。気づいた時には、過ぎていることもある。

一方で、気持ちから先に老けるつもりは、ありません。

その両方を抱えたまま、迷っている。

でも、迷っている間にも、締め切りは近づいてきます。

では、残りの時間を、誰と、何に使うのか。次回は、最終回です。

……と、「歳のせいにしない」と書いておきながら、この記事の中で、私は何度「59歳」と名乗ったでしょうか。

歳のせいにしないと言いながら、歳を名乗ってばかりいる。

精神から老けないための修行は、まだ始まったばかりのようです。

それでは、また。

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