「週3〜4時間の運動」は贅沢か?——FIRA60を目指す58歳が考える、時間投資のROI

健康ーマラソン挑戦

「週3〜4時間もランニングしてるの? 仕事してるの?」

先日、同僚にさらっと言われた一言です。

こんにちは、西風スマイルです。
58歳、サラリーマン歴40年、FIRA60(60歳リタイア)を目指しています。

週3〜4時間。1日あたり30〜60分。
仕事・副業・家族との時間を考えれば、決して軽い時間ではありません。

かつての私も、運動する人の気持ちがまったく分からなかった一人でした。

正直に言えば、数年前までは週5時間走っていました。でも50代後半になって、今は家族との時間を優先し、週3〜4時間に落ち着いています。

それでも私は、この時間を「最も利回りの良い投資」だと考えています。

この記事では、なぜ運動が「時間の浪費」ではなく「時間への投資」なのか、FIRA60を目指す立場から正直に書いていきます。

「黄金の15年」をどう守るか——時間の価値の再定義

FIRA60の本質は、単なる「早期リタイア」ではありません。

本当に重要なのは、60歳から75歳までの「健康に動ける時間」を最大化することです。

いくらお金があっても、体が動かなければ、それは「経験」に変換できません。
旅行も、趣味も、人との時間も。
すべては「動ける体」があって初めて成立します。

ここで一つ、視点を変えてみます。
もし今、運動をサボることで、将来の健康寿命を1年縮めたとしたら?

その1年は、何に相当するでしょうか。
自由に使える365日。
お金に縛られない時間。

好きな場所へ行き、好きな人と過ごす時間。

それを失うということは、数千万円レベルの価値を失うとも言えます。

つまり、運動をしないことは節約ではなく、巨大な機会損失なのです。

運動の時間対効果(ROI)を分析する

では、「週3〜4時間の運動」は本当に投資と呼べるのか。
もう少し現実的に、リターンを分解してみます。

まず、知的生産性。
運動を習慣化すると、明らかに思考がクリアになります。
ブログを書くときの集中力、構成力。資産運用の判断力。
これらはすべて、頭の状態に依存しています。

次に、医療費という「負の資産」の削減。
将来の通院、投薬、介護。
これらはすべて、見えない負債です。
運動は、その負債を減らすための最もシンプルな予防コストです。

さらに、メンタルの安定。
ストレスが溜まると、人はお金を使います。
無駄な買い物、暴飲暴食。
運動は、それを抑える最もコスパの良い娯楽でもあります。

つまり、週3〜4時間の運動は——
・生産性を上げる
・将来コストを下げる
・無駄な支出を防ぐ

という、複合的なリターンを持った投資なのです。

運動は「心」を作る——過程にこそ価値がある

私はこれまで、フルマラソン、ウルトラマラソン、トレイルランニングに挑戦してきました。

10年以上、大会に出続けてきました。
タイムに夢中だった時期もあれば、今は「走り続けられる体」そのものを大事にする時期に入っています。

大会は確かに「お祭り」です。
非日常で、楽しい。
でも、本当の価値はそこではありません。

価値があるのは、そこに至るまでの過程です。

半年、あるいは1年。
コツコツ積み上げたトレーニング。
隙間時間を使って走る。仕事で疲れていても走る。誘惑に負けずに走る。
坂トレ、インターバル、走り込み。

その中で試されるのは、体ではなく「心」です。

「今日はやめよう」と思う自分に対して、もう一歩踏み出せるかどうか。
この積み重ねが、頑張れる心を作ります。

そして大会当日。
「走った距離は裏切らない」という言葉の意味を、自分の体で理解する瞬間が来ます。

ゴールしたときの達成感。充実感。
それを感じられる自分の心に、私は感謝しています。
正直に言えば、これは贅沢な時間です。

肉体的にはきつい。疲弊することもある。
「変態」「罰ゲーム」と言われることもある。
でも、それでもいい。

そのすべてが、自分に返ってくるからです。
運動は、「心への投資」であり、それがやがて「時間の価値を高める投資」へと変わっていきます。

走る時間は「脳のリセット時間」でもある

走っていると、不思議と頭が静かになります。

仕事で嫌なことがあった日、走り始めは頭の中でネガティブ・リロードが起こります。

人の悪いところ、屈辱を受けた時のこと、過去の失敗——
脳がそれを何度も何度も再生する感覚です。

でも、ただただ自分の肉体と向き合っていくと、それが消えていきます。
自分の呼吸と、足の動きに意識を向ける。

鼻から吸って、口から吐く。
いつもは意識せず行っていることに、意識を集中する。

この感覚は、ある意味で「瞑想」に近いのです。

私たちの脳は、1日に何万回も判断と決定を繰り返しています。
午後になると、脳は判断疲れを起こします。

これをランニングの1時間でリセットする。
その後の脳が活性化し、睡眠の質も上がる。

この感覚を、50代の今、はっきり実感しています。

続けるコツ——「仕組み」でモチベーションを超える

とはいえ、問題は「続くかどうか」です。

ここで重要なのは、モチベーションに頼らないこと

やる気には波があります。
疲れている日も、やりたくない日もある。
だからこそ、必要なのは「仕組み」です。

私の場合、こうしています。

・平日:30分のジョギング(朝が基本)
・週末:少し長めのラン、または山・散歩

これだけで、週3〜4時間は自然に積み上がります。

もう一つ、午前中にやるというルールを作っています。
50代後半になって、午後のトレーニングは回復が追いつかないと体感するようになりました。

自律神経の回復力が落ちている年代には、午前中がベストです。

「やる気が出たら走る」ではなく、
「走る時間は、すでに決まっている」。

これが、10年以上続けられている最大の理由です。

できなくて当たり前——それでも私が続けられる理由

ここまで「運動は投資だ」と書いてきました。

でも正直に言います。

継続できない方が、普通です。

調べてみると、その事実を裏付ける数字があります。

・筋トレの1年後の継続率は、わずか3〜4%(ホットペッパービューティー調べ)
・ランニングを1年続けられる人は、7.4%(笹川スポーツ財団調べ)

つまり、96%の人が筋トレをやめ、9割以上の人がランニングを続けられない。

さらに私の実感として——健康診断で悪い結果が出た時、「改善しよう」と思う人は多くても、実際に生活習慣を変え、数値の変化まで持っていける人は、ごく一部です。

私がやっている運動は、多くの人にとって理解されにくいものです。

「変態」「罰ゲーム」と言われるのも、ある意味で自然な反応なのかもしれません。

それでも——

私は、続けられている自分が嬉しい。

45歳、体重80kg、立ったまま靴下も履けなかった私が、今も走り続けている。
タイムの絶頂期は過ぎましたが、月間150kmを走れる体と、大会に出続けられる心が残っています。
たまたま才能があったわけでも、意志が特別強いわけでもありません。

ただ、「仕組み」と「過程を楽しむ心」が、少しずつ育っただけです。

運動は素晴らしい。
継続できなくて当たり前の世界で、続けられている自分に、今は素直に感謝しています。

結論——贅沢とは「何もしないこと」ではなく「選べること」

「週3〜4時間の運動」は贅沢か?

私の答えは、こうです。

贅沢ではない。むしろ、最低限の投資である。

本当の贅沢とは、何もしないことではありません。

自分の時間を、自分の意思で選べることです。

体に時間を使えるということは、
それだけの余白と意思決定を持っているということ。
それこそが、「豊かさ」の証明です。

FIRA60の本質も、ここにあります。

嫌な仕事を辞めることではない。
ただ楽になることでもない。

自分の資本(体と時間)を、自分のために100%使える状態を作ること。

その準備運動が、今日の30分のランニングなのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました