「隠居するんですか」と言われた7月——ナフサ不足と熱中症、そして自己申告書|キャリアジャーナル④

キャリアジャーナル

こんにちは、西風スマイルです。

58歳、サラリーマン生活もかれこれ40年。60歳での早期リタイア「FIRA60」を目指しながら、お金・時間・健康・好奇心・社会資本という「五つの富」について、あれこれ考えています。

FIRA60まで、あと640日となりました。

7月に入ってからのジャーナルは、こんな感じです。
ナフサ不足の状況。
灼熱の現場と、熱中症アラート。
そして、期始面接。
今回はその7月の出来事を、まとめて書き残しておこうと思います。

ナフサ不足、じわじわ解消へ

以前お話しした通り、私は化学プラントで働いています。

ここのところ、ナフサの絶対的な不足感は、代替輸入の確保によって、最悪期を脱しつつあるようです。ただ、不足を警戒した各社が過剰に発注したり、急に調達ルートを変更したりした影響で、港湾や国内物流の現場では、一時的な目詰まりが起きているとも聞きます。

石油業界にいる知り合いに聞くと、原油自体は入ってきていて、精製設備はMAXチャージに近い状態で回っているそうです。ガソリンなど燃料需要に応じた稼働率は復調しているものの、ナフサに関しては、燃料用の補助金の対象外であることや、化学メーカー側の採算悪化にともなう減産要請があって、需要と供給のミスマッチを解消しながら、段階的に供給を増やしている——というのが、実情のようです。

不足自体は、時間の問題で解消されるのかもしれません。ただ、価格が元に戻るには、もう少しかかりそうな気がしています。色々な利権が絡む話でもあるので、需給が戻ったから即、価格も戻る、というわけにはいかないのでしょう。

余談ですが、塗装業をしている知り合いから、「シンナー、手に入らない?」と相談されました。もちろん、私が小売できるはずもありません。ただ、私のところにまで話がくること自体に、びっくりしました。それだけ、死活問題なのでしょう。

現場は、熱中症との戦い

7月に入って気温が上がり始めると、現場作業は、一年でいちばん辛い時期に入ります。

会社は「熱中症をゼロにする」と掲げています。

ただ、作業量はそのままで、マンパワーを増やそう、という話にはなりません。人数はそのままで、暑さだけが増していく。会社を非難したいわけではなく、単純に現場の実感として、なかなか厳しい環境だ、ということです。

現場あるあるを、ひとつだけ。

暑さでペースを落とせば「もっと効率よく」と言われ、無理をして倒れかければ「急ぐ必要はない、やり方が悪い」と言われる。

……ものは言いようだなあ、と思いつつ、これはどこの現場にも、昔からある話なのでしょう。
板挟みの機微も含めて、現場というものです。

この時期は、現場に不慣れな若手や新人が投入されるタイミングでもあり、余計に注意が必要です。慣れない社会環境そのものに体がついていかず、倒れてしまう子もいます。

おじさんの私はというと、日頃のランニングによる暑熱順化で体を慣らして、若い子と同じ作業をしています。

今期はPBを狙って、距離を踏んでいます。ただ、長時間走ると、おしっこがコーラのような色になることがあります。これは水分補給が足りていないサインで、初めて変色したときには病院に行き、MRIまで撮りました。

ヘモグロビン尿症や横紋筋融解症といった、怖い病気の可能性もあるからです。

ランナーの皆さん、夏の長距離のあとの尿の色には、本当に注意してください。おかしいと思ったら、迷わず受診を。

「隠居するんですか」と言われた日

そんな7月に、期始の面接がありました。

2歳年下の上司に、「再雇用はせずに、60歳の定年でスパッと辞めるつもりです」と伝えたところ、返ってきたのが

——「隠居するんですか」という一言でした。

心の中で、「古っ!」と叫んでしまいました。せめて「FIREするんですか」だったら、まだ格好が良いんですが。

とはいえ、言われてみると気になって、「隠居」という言葉を、自分でも調べてみました。すると、FIRA60と隠居は、実はそんなに遠くない概念なのかもしれない、と思うようになったのです。

江戸時代のご隠居さんというのは、思っていた以上に、自由でクリエイティブな存在だったようです。

通行手形という自由と、時間と、周りからの応援を手に入れて、日本中を旅していた人たちがいる。

もし65歳まで定年を延長する道を選んだとして、そのときに、自由に長旅ができるだけの体力が、果たして自分に残っているだろうか。そう考えると、60歳でスパッと辞めるからこそ、動ける体と、無限に近い時間を持って、まだ見ぬ世界へ旅立てるのかもしれません。上司との面談で「60歳で辞めます」と言うことは、自分の人生の通行手形を手に入れるための、最初の一歩なのかもしれない、と。

クリエイティブな隠居の代表格といえば、伊能忠敬でしょうか。

50歳で家督を譲って隠居したあと、江戸に出て、19歳も年下の先生に天文学や測量術を学び、55歳から、日本地図を作るための全国行脚を始めた人です。動ける体力と無限の時間を、クリエイティブに爆発させた、象徴のような生き方だと思います。

もっとも、伊能忠敬まで引き合いに出すと、さすがにハードルが上がりすぎる気もします。

江戸時代のご隠居さんくらいの気楽さで、クリエイティブに生きられたら、それでいい。そう思っています。

自己申告書という、ジレンマ

面接ではもうひとつ、自己啓発とキャリアプラン(短期・中長期)を書いて提出するように、という話がありました。あと2年で辞めると本人が言っているのに、律儀に聞かれるものです。

最近は、70歳までの雇用確保が会社に義務づけられていることもあり、こうした調査は今、多くの会社で一斉に行われているようです。高年齢者雇用安定法の絡みも、背景にあるのかもしれません。

自己啓発の欄には、こんなことを書きました。

現在58歳となり、定年までの限られた期間の中で、自身の能力を最大限に発揮しつつ、これまでの経験を組織の財産として残すための自己啓発に取り組んでいます。具体的には、31年間の業務経験を通じて培ったノウハウや判断基準を、周囲にわかりやすく伝えるための「言語化」や「ドキュメント作成(マニュアル化)」のスキル、および業務効率化のためのITツールの活用について勉強を進めています。自身のラストスパートとして実務のパフォーマンスを極限まで高めると同時に、培った専門知識をスムーズにチームへ還元・共有できるよう、自身の能力向上に努めてまいります。

中長期のキャリアプランの欄には、こう書きました。

定年退職後は、基本的にはフルタイムの第一線からは退く方向で考えております。しかしながら、もし組織側から求められ、私の31年間の実務経験や専門知識を活かせる場(後進の育成、サポート業務、あるいは短時間勤務など)をいただけるのであれば、再雇用という形で会社に貢献することも視野に入れたいと考えております。これまで培ったノウハウを次世代に還元しながら、自身のセカンドライフとも調和が取れる、無理のない持続可能な働き方があれば、会社に貢献したいと思っています。

正直に言うと、定年後は、もうフルタイムでは働きたくない、というのが本音で、再雇用も、最初からまったく希望していませんでした。

ただ、それをそのまま「希望しません」と書類に書いてしまうのは、この先2年間を考えると、損なのではないかと思っています。

「すっぱり辞めます」と言い切ってしまうと、残りの2年間の扱いが雑になったり、モチベーションが低いと誤解されたりするリスクがある気がして。

逆に、「条件が良ければ、残ってもいい」というスタンスを見せておくことで、ボールを会社側に投げておく。そのくらいの書き方にしています。

定年前の自己啓発というニュアンスを、ビジネス文章の体裁に、どう落とし込むか。書きながら、自分でも少し笑ってしまいました。本音と建前の間で、それらしい言葉を探している自分がいて。正直、今回は、楽しんで書きました。

会社に使われるシニアではなく、自分の人生の主導権を握るシニアとして。キャリアの終盤も、こんなふうに楽しんで生きていきたいと思います。

(前回までのキャリアジャーナル)
ポジションを失った日、57歳のベテランが気づいたこと——58歳キャリアジャーナル①

残り700日、世界が揺れる中で——58歳キャリアジャーナル②

58歳の昇給率、3つの「もったいない」——キャリアジャーナル③(3つのAIに、自分のキャリアを査定させてみた)

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