こんにちは、西風スマイルです。
FIRA60(60歳での、ちょっと早めのリタイア)まで、残り約670日。58歳の会社員です。お金・時間・健康・好奇心・社会資本という「五つの富」を見つめ直しながら、50代からの暮らしを考えています。
世の中は、いま「定年後も働き続けよう」という話でいっぱいです。人生100年時代、物価は上がり、年金も心もとない。
だから収入源を絶やすな、次の仕事を、次の居場所を見つけておけ。と、セカンドキャリアという言葉も、すっかり馴染みました。
その通りだと思います。インフレも、暴落も、FIRA60を目指す私にとっては、震えがくるくらいの恐怖です。だから、反対する気はまったくありません。
ただ、ひとつだけ正直に書いておくと、私自身がやろうとしていることは、その流れと真逆を向いています。
私は、次の何かを探すどころか、いま持っているものを、手放そうとしている。
今日はその、すこし天邪鬼な話を、長々と書きます。お時間のあるときに、どうぞ。
私は、降りる方を選んだ
ずいぶん前のことになりますが、私は数年だけ、管理職をやっていました。そして、そこから降りました。
(きれいに言いましたが、正直、降りるしかなかった、というのが本当のところです。)
降りるとき、二つの道がありました。
ひとつは、教育系のような立場に移ること。
もうひとつは、現場のプレーヤーに戻ること。
私は、現場に戻る方を選びました。
理由をきれいに語ることもできますが、本当のところは、それが自分にいちばん合っている気がした、というくらいの話です。
ただ、戻ってみて分かったことがあります。「降りる」というのは、思っていたより、こたえる。肩書きが一枚はがれると、自分の中身が、そのぶん減ったような、妙な心細さがありました。生身の自分を、そのままさらしているような気分、とでも言えばいいでしょうか。
あれは何だったのか、いまでもうまく言葉にできません。たぶん私は、自分がずっと「何者か」でいることに、知らないうちに寄りかかっていたのだと思います。
その心細さを一度くぐったからこそ、いま思うのです。世間のセカンドキャリア論は、煎じ詰めると「次も、何者かであれ」と言っている。
次の肩書き、次の役割、次の居場所。
(あれは結局、降りないための作法なのではないかな)
辞めていく人も、たぶん怖いのだ
ここ数年、私のまわりでも、50代での早期退職が、ぽつぽつあります。
それを見ていて、ときどき感じることがあります。
会社に残ってプレーヤーに戻るのが、どうもいやだったのではないか——と。
断っておくと、これは私が勝手にそう感じているだけです。
本人たちは、まずそうは言いません。
前向きな理由を、ちゃんと用意して辞めていきます。
だから本当のところは、私には分かりません。
もしかすると、自分が現場に戻ったときの心細さを、彼らに重ねて見ているだけかもしれない。投影、というやつです。
それでも、こないだ会った元同僚の話しぶりに、「ああ、そんなに辞めたかったのか」と思う瞬間がありました。理由を聞いているはずなのに、聞こえてきたのは、解放された人の声でした。
そこでふと、気づいたのです。
会社にしがみつく人も、さっさと辞めていく人も、向きは反対なのに、根っこは同じなのかもしれない。どちらも「降りたくない」のです。
残る人は、降りないために役割にしがみつき、辞める人は、降りる姿を人に見られる前に、外へ出ていく。
怖いものが同じだから、逆を向いて走っている。
そんなふうに見えました。あくまで、見えただけですが。
若い子は、もう飛び越えている
もうひとつ、最近よく目にする光景があります。
社内で良いポジションにいる若い人が、待遇を下げてでも、よそへ移っていく。
私の世代の感覚だと、これはちょっと信じがたい。
せっかく上ったのに、なぜ自分から下りるのか、と。でも彼らは、たいして気負う様子もなく、「ひょい」と下りていきます。
お金や肩書きではない何かを、当たり前のように選んでいる。私たちの世代がこれだけ怖がっている「降りること」を、あっさり飛び越えていく人が、出てきている。
それを見ると、すこし羨ましく、すこし戸惑います。
自分が長いこと握りしめてきたものは、もしかしたら、握りしめるほどのものでもなかったのか。そんな気持ちにも、なります。
どうせ、いつかは降りる
ここまで、「降りる怖さ」の話ばかりしてきました。
でも、ひとつ、どうしても動かせない事実があります。
私たちは、どうせいつかは降りるのです。
60歳で辞めなくても、65歳、70歳になれば、否応なく降ろされる日が来ます。
それは、決まっている。先送りにできるのは、せいぜい時期だけです。
だとしたら、と私は考えます。降ろされるのを待つより、自分の足で立って動けるうちに、自分の意思で降りたい。
同じ「降りる」でも、誰かに降ろされるのと、自分で降りるのとでは、まるで別のものだと思うのです。前者は受け身で、後者は選択です。握っている主導権が、まるで違う。
『DIE WITH ZERO』という本があります。
財産を残して死ぬな、できるうちに経験に換えて使い切れ、という、なかなか過激な本です。読んだとき、私が受け取ったのは、お金の話というより、もっと手前の話でした。
—先延ばしにするな、ということです。
体が動くうちにしか、できないことがある。
岬まで自分で車を走らせる元気も、永遠には続きません。
だから私は、70歳で降ろされてからあわてるより、まだ動ける60歳で、自分から「何者でもない世界」に飛び込んでみることにしました。無謀に聞こえるかもしれません。
「辞めたら、暇やろ〜」と言われた
先日、昔からの友人と話していて、こう言われました。「仕事辞めたら、暇やろ〜」。
世間の声を、たった一言で言い当てた台詞だと思います。働くのをやめたら、人は暇を持て余して、ぼんやりするしかない。多くの人が、そう信じています。
でも、私はこう思っているのです。違う。
朝から冷たいビールを飲む。
気が向けば温泉に行く。
オープンカーで、岬まで走る。
やりたいことは、いくらでもある。暇どころか、忙しい。真剣に遊ぶのに、忙しい。
……と、ここまで威勢よく書いて、自分でも分かっています。
これは半分、強がりです。
本当は、何もしなくていい時間が、すこし怖い。暇という名の自由を、自分が持て余さずにいられるのか、やってみるまで分からない。だから「忙しいんだ」と、先回りして言い張っている。そういう、いじらしい強がりも混じっている気がします。
それでも、強がりだと分かったうえで、私はあえて言いたいのです。遊ぶというのは、本気でやれば、ちっとも暇じゃない。仕事と同じくらい、いや、もしかしたら仕事より、段取りも体力も気力もいる。真剣に遊ぶというのは、けっこう大変な事業のようなもの。
遊び続けるための、準備をしている
ここが、たぶん世間といちばん向きが分かれるところです。
多くの人は、定年後の準備を「働き続けるため」にします。
次の収入源、次の資格、次の職場。
お金が尽きないように、社会とのつながりが切れないように。それは、賢明なことです。
私が準備しているのは、その逆です。私は、遊び続けるために準備しています。
お金の勉強をしているのも、もっと稼ぐためではありません。
降りたあとの20年を、お金の心配で曇らせずに、思いきり遊び倒すための、地図づくりです。年金がいくらで、取り崩しがどう効いて、税の制度がどう変わるのか。退職金やiDeCoの受け取り方まで、こまかく調べているのも、ぜんぶ「安心して遊ぶ」ための下ごしらえ。守りの勉強のように見えて、目的は攻めにあります。
80歳でフルマラソンを走る、という遠い目標を立てているのも、同じことです。何者でもなくなった体で、それでも動き続けるための、目標です。働き続けるためではなく、遊び続けるために、いまから足をつくっている。
私のブログの名前が「時間への投資」なのも、たぶん、ここに行き着きます。
私は、20年先の自分が遊んでいる姿に、いまの時間を賭けているのです。セカンドキャリア論が「いますぐ次の収入を」と急かすのに対して、私は「20年先の、何者でもない自分」に賭けている。
同じ準備という言葉でも、見ている時間の長さが、まるで違うのだと思います。
それでも、すこし怖い
こうして長々と書いてきましたが、ぜんぶ言い切ってしまうと、嘘になります。
何者でもなくなることが、
私は本当は、すこし怖い。暇が怖い。
肩書きのない自分が、ちゃんと自分の輪郭を保っていられるのか、正直、自信はありません。
次の何かにしがみつく人と、私と、根っこにある恐怖は、たぶん同じものです。ただ、その恐怖と向き合う方向を、すこしだけ変えてみているだけ。
それでも、私は降りる方を選びます。
どうせいつか降りるのなら、まだビールがうまくて、車のハンドルが握れて、岬の風が気持ちいいうちに、自分の足で降りたい。
降りた先で、真剣に遊んで、忙しくしていたい。
強がりでもいい。
強がりながら、ひとつずつ、怖いものに慣れていく。
いまの私にできるのは、たぶん、それくらいです。
長くて、まとまりのない話に、最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。


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