専業主婦の定年——株式会社「チーム夫婦」のFIRA60

FIRA60ー退職

こんにちは、西風スマイルです。

FIRA60(60歳での、ちょっと早めのリタイア)まで、残り約610日。59歳の会社員です。

お金・時間・健康・好奇心・社会資本という「五つの富」を見つめ直しながら、50代最後の1年間を噛みしめています。

今日は、夫婦のあいだの社会資本について書きます。

きっかけは、自分の定年について考えていたときのことでした。あと610日で、私には退職の日が来る。そこでふと、気づいたのです。

妻には、定年がない。

では、FIRA60を迎えたあと、株式会社「チーム夫婦」はどうするのか。今日は、その話を書きます。

ついでに、少し調べてみました。
すると、世の中には、妻という存在を、まるで資産の一項目のように語る言い方があることを知りました。
パートナーは、資産か。それとも、負債か——と。

なかなかシビアな話です。
言葉には気をつけないといけません。
妻に見せられない内容の記事には、したくありませんから。

それでも、この記事を書こうと思いました。私にも、思い当たるフシがあったからです。

正直に書きます。「もったいない」と思ったことがあります

我が家は、長いあいだ妻が専業主婦です。
子育ても、家のことも、すべて任せてきました。
感謝しかない——と、書ければ格好がつくのですが。

正直に告白すると、心の片隅で「もっと」と思ったことがあります。

はっきり覚えているのは、子どもたちが独立して、家に妻が一人になった時期です。
日中、家に一人でいる妻を見て、私はこう考えてしまった。

専業主婦のままなのは、もったいないのではないか、と。

共働きなら、住宅ローンをもっと早く返せたかもしれない。資産ももう少し多く貯められたかもしれない。もう少し楽に生きられたかもしれない。

もちろん、全部タラレバです。
無かったことを考えても、仕方がありません。それは分かっています。分かっていますが、当時の私にとっては、切実な思考でした。

面と向かって言ったことはありませんが、ブログを始めることは勧めましたし、仕事のことも、匂わせる程度には口にしました。

そして今は、ほとんど言わなくなりました。無理にすることではない、と思ったからです。

……この告白から始めるのは、格好が悪い。
でも、ここを飛ばして感謝だけを書いたら、この記事は嘘になりますからね。

夫婦関係を「資産」と呼ぶ違和感

実際、ネットの中には、パートナーを「資産」と呼ぶ考え方があります。
夫婦関係を、資産か負債かで測る言い方です。

周りに聞いてみると、「うちは負債」と笑う人も、何人かいます。冗談なのは分かります。

でも、この問いに正面から向かい合ってみると、違和感を覚えたのも確かでした。

その違和感の理由が、自分でもはっきりしませんでした。それが分かったのは、今月、私の勤務が変わってからです。

私がシフト勤務になると、妻もシフト勤務になる

今月から、私はシフト勤務、夜勤ローテーションに入りました。前回のキャリアジャーナルに書いた通りです。

すると、我が家に変化が起きました。

妻の生活も、シフト勤務になったのです。

普段、夕食は18時から19時ごろに、二人で食べています。ところが夜勤の日は、17時に食事を済ませ、18時には家を出ます。妻は、その時間に合わせて夕飯を用意してくれます。

私が日勤帯なら、妻も日勤帯の生活になる。私が朝早く出るなら、妻も朝早くから動く。私がシフト勤務になれば、妻もシフト勤務になる。

考えてみれば、専業主婦になって21年ずっとそうでした。

これは、私にとっては、非常にありがたいことです。決まった時間に食事があり、体調を整えて出勤できる。それだけで、仕事のパフォーマンスは変わります。気持ちよく仕事に行ける、という言い方でもいい。私の満足度は、間違いなく高い。

でも、見方を変えると、どうでしょうか。

妻は、自分のスケジュールを、選べないのです。

(関連記事)59歳、夜勤に戻る——キャリアジャーナル⑤(退職まで610日)

「もう、夜勤のスケジュール忘れた」

夜勤が始まってしばらくして、妻に言われました。

「何時にご飯で、何時に行くの? もう、夜勤のスケジュール忘れた」

何気ない一言です。文句を言われたわけでもありません。

でも、私はこの一言に、しばらく考え込んでしまいました。

夫の勤務は、そのたびに覚え直さなければならないのです。日勤、シフト、夜勤。会社の都合で変わるたびに、妻は自分の一日を組み直してきた。今回も、そうしている。

妻に用事があるとき——たとえば実家の用事などがあるときも、たいていは私のリズムを優先してくれます。

つまり我が家の時間割は、21年間、私の勤務表を中心に回ってきたわけです。

妻の功績を、棚卸しする

ここで、あらためて棚卸しをしてみます。

私は45歳を過ぎたあたりから、仕事が忙しくなりました。勤務はころころ変わり、急な呼び出しもあり、49歳からは管理職も経験しました。その間に、母の葬儀もありました。

正直に言えば、家のことにまで思考が回らない時期が、確かにあったのです。

その間、食卓は毎日整えられていました。仕事に集中できる環境が、当たり前のようにありました。
子どもたちは教育を受け、躾けられ、独り立ちしていきました。

これは、妻の功績です。

私は「よく走り切った」と思っていました。40年働いて、資産形成もできて、FIRA60が見えるところまで来た。よくやった、と自分では思っていたのです。

でも、私一人でここまで来たのでしょうか。

私もよく走った。そして、妻も。

株式会社「チーム夫婦」は、そうやって34年間、なんとか回ってきたのだと思います。

私の問いの立て方が、間違っていた

ここまで書いてきて、ようやく分かりました。

私が「資産か、負債か」と考えた時点で、間違っていた。

念のために書いておくと、この手の議論そのものを否定したいわけではありません。

実際、調べてみると、専業主婦世帯には経済的な脆弱さがあることも、熟年離婚が起きれば資産も年金も分割されることも、データとして事実です。

夫婦関係が家計を左右するのは、本当のことでしょう。

それでも、私はこの言い方を採りません。

私がいまFIRA60を語れるのは、妻の支えがあったからです。夜勤に合わせて夕飯を出してくれる人がいて、子どもを育てきってくれた人がいて、その上に、私の34年が乗っている。

それを資産と呼ぶのは、罰当たりだと思うようになりました。

資産という言葉は、受け取った側の都合で測る言葉だからです。

専業主婦には、定年はない

では、これからどうするか。

ひとつ、はっきりしていることがあります。

私は、610日後に定年です。でも、妻には定年がありません。

専業主婦に定年は無い。私が会社を辞めた翌日も、その次の日も、献立地獄は続きます。
何十年も、毎日毎日、「今日の夕飯どうしよう」を考えてきた人に、区切りの日が来ることはない。

どうでしょう、ここでこの地獄を、二人の楽しみに変えるプロジェクト。

「FIRA60の時間割」で考えていた、「午後は台所に立つ」です。

とはいえ、私はほとんど料理をしません。そんな私が、すぐに美味しい食事を作れるわけもない。新たな挑戦、というか、試み、というか。

妻には、まだ具体的には話していません。
ただ、「食事の用意は手伝う」とは伝えてあります。掃除については、もっと具体的です。毎日10分の掃除は、実は二人で出した案でした。
食事は当番制にしよう、という話も出ています。

退職後、二人で一日中家にいることについては、意外にも、妻に不安はなさそうです。むしろ、色々と案が出てきますし、楽しみだとも言ってくれています。ありがたい話です。

関連記事:FIRA60の時間割——私のリタイヤメントプランニングの穴
(「午後は台所に立つ」に考えついた、詳細について書いています)

女性の5割超が、離婚を意識している

もっとも、世の中のデータを見ると、そう楽観もしていられません。

ハルメク 生きかた上手研究所の調査(2024年)によると、50代・60代の女性の半数以上——5割超が、「離婚を考えたことがある」と回答しているそうです。

半分です。

定年退職を迎えて、夫婦2人の時間が増える時期。そこで、それまで溜まっていた不満が爆発するリスクが潜んでいる、ということなのでしょう。

我が家は大丈夫、と言い切れる根拠は、正直ありません。……私のほうが負債になっている、というパターンもありますからね。

世間で言われる、3つのアクション

定年前後の夫婦関係について調べてみると、だいたい次の3つが勧められています。

  • 週に一度、15分でいいので、意識的に雑談の時間を取る
  • 金融機関名の一覧を共有する(ログインIDやパスワードは不要。どの銀行・証券・保険を使っているかだけ)
  • 定年後の生活イメージをすり合わせる(お互いの「自由に使えるお金」の境界線を決めておく)

この3つには、それぞれ根拠になるデータがあります。

同じハルメクの調査では、仲良し夫婦の会話時間は、不仲夫婦の2.6倍だそうです。
また、別の調査では、夫婦の約47%が、お互いの資産状況を「知らない」と答えています。
ネット銀行やネット証券が当たり前になった今、伝えない限り、資産はそのまま「見えないもの」になってしまう。
万が一のときに、家族が口座の存在すら分からない、という事態も起こり得ます。

2番目と3番目は、我が家でも情報交換をしています。
生活のイメージも、徐々にすり合わせている途中です。

そして1番目。これは、思いがけない形で達成されていました。

きっかけは、妻のダイエットです。
そこで始めた朝活で、時間の空いている日はほぼ毎日、二人で1時間ほどウォーキングをしています。

その間、ずっと何かしら喋っています。
正直に白状すると、その会話からブログのネタをもらっていることも、しばしばです。

週に15分どころか、毎日1時間前後。

世間が勧めるラインは、知らないうちに超えていたようです。

パートナーに、何を求めているのか

ところで、FIREやリタイアを扱うブログを読んでいて、気づいたことがあります。

パートナーのことを書いたものを、ほとんど目にしないのです。資産の話、制度の話、生活費の話はいくらでもあるのに。

例外もあります。キャンピングカーで日本を回る夫婦のYouTubeを見たときは、素直に憧れました。

パートナーに何を望んで、どんなふうに人生の最後を迎えるのか。

考えてみると、私たち夫婦は、これまで完全な分業でやってきました。

私が担当してきたのは、働いて稼ぐこと。そして、資産管理をはじめとする、お金全般の管理です。

一方の妻は、日常生活のリズムを作り、家事をこなし、子どもを育て、ご近所づきあいという地域のコミュニケーションを担ってきました。
それだけではありません。
親戚や両親、兄妹とのネットワークを保ち、生活を良くするための提案をし、旅行や余暇の企画までしてきたのです。

こうして並べてみると、妻の担当範囲の広さに、我ながら驚きます。

では、定年後はどうするか。

今度は、その分業の範囲を変える。あるいは、分業の範囲を重ね合わせて、お互いをフォローし合う関係にする。

……会社でこんなことを言うと、誰も自分の担当をやらなくなるんですけどね。でも、夫婦なら、そのくらい重なっているほうがいいのだと思います。

旅行の計画を、習慣にする

今の私が考えているのは、こういうことです。

趣味の旅行を楽しみ、共有する時間を、楽しい時間にする。

たとえば、行ったことのない土地への旅行。

先ほど書いた通り、旅行の企画も、これまでは妻の担当でした。
私は、決まった予定に乗るだけだったのです。

でも、北海道は違いました。
12日間、2,800キロ。あれは、初めて二人で計画した旅でした。フェリーの予約から、ルートから、宿から、二人で決めた。あの旅を「思い出の配当」と呼んで、記事にもしました。

あの計画を、これからも続けていきたいのです。

実は、私のバケットリストには「旅行計画の習慣化」という項目があります。書いた時は、我ながら地味な項目だと思っていました。でも今は、これがいちばん大事な項目かもしれない、と思っています。

どこへ行こうか、と二人で地図を広げる時間。その計画そのものを、習慣にしてしまう。

私の勤務表を中心に組んできた34年を、二人で決める時間割に組み替えていく。
その入り口が、旅行の計画なのだと思います。

関連記事:31年越しの北海道、2,800km。——58歳、ロードスターで走った12日間
(31年越しの、夫婦での北海道ツーリング旅行をこの記事でもう少し深く書いています)

おわりに

株式会社「チーム夫婦」は、退職後どうなるのか。

「う〜ん」、正直、分からないというのが答えです。二人とも一日中、家にいる生活を、私たちはまだ経験したことがないのですから。

ただ、ひとつだけ決めていることがあります。

これからの時間割は、私の勤務表を中心に組まない。

34年間、我が家の一日は、私の出勤時間から逆算して作られてきました。
それを、そろそろ返す番です。

本当に、ありがとう。

でも、まだゴールではありません。これからです。

……と思いつつ、今日のお昼ご飯も、「あれでいいよ」と言ってしまいました。台所に立つ日は、まだ少し先のようです。

それでは、また。

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