31年越しの北海道、2,800km。——58歳、ロードスターで走った12日間

旅ー北海道ツーリング

こんにちは、西風スマイルです。

行ってきました、北海道。

21歳のときに計画して、会社を休めずに断念。
27歳でもう一度、妻と計画して、今度は妻の妊娠でキャンセル。
それからずっと、「いつか」と言い続けてきた旅です。

31年が経って、やっと実現しました。

12日間。敦賀から22時間のフェリーで渡って、相棒のロードスター(オープンカー)で、走行距離は約2,800km。鹿にもぶつからず、車も壊れず、妻とも喧嘩せず、58歳の体も最後まで耐えてくれました。

全部は書ききれないので、今日は「特に心に残った瞬間」を、いくつか記録として残しておきます。

「北海道=寒い」が、いきなり覆った

初日、苫小牧を朝8時に出発したときの気温は11度。
「やっぱり北海道は寒い」と思ったのもつかの間、日中は20度を超えて、日差しが強すぎてオープンにできない時間帯もあったほどです。とくに道南は本州と変わらないくらい温かで、北海道は寒い、という長年のイメージが、初日から気持ちよく覆されました。

洞爺湖は、オープンにして一周。
湖と、山と、空気と、道。
とにかくスケールが違う。
室蘭の地球岬では、エゾリスにも会いました。その日の夜、函館で食べた寿司は、今回の旅でいちばん高い寿司になりましたが——まあ、初日くらいは、いいでしょう。

雨上がりの蒼天と、最北端へ

4日目が、今回のメインイベント。
留萌を朝7時に出発したのですが、いきなりの雨。「今日はダメかもしれない」と思いながら、オロロンラインを北へ走りました。

ところが、天塩のあたりで偶然、雨が上がったんです。

これが、よかった。
青空の下を走るのも気持ちいいですが、雨上がりの蒼天は、空気が洗われていて、景色が一段クリアになったように見える。
北海道道106号、稚内天塩線。一直線の道の先に、雪をかぶった利尻富士が見える。あの景色は、今回の旅でも上位に残りました。

道北まで来ると、さすがに空気が少しひんやりしてきます。
それでも今回は、風が穏やかでした。最北端の宗谷岬で、「日本のいちばん北まで来た」という実感を、ゆっくり味わうことができました。

宗谷丘陵の「白い道」は、足回りの硬い私のロードスターだと、ボコボコ弾みました(笑)。レクサスなら快適なのかな、と一瞬よぎりましたが——いや、これは相棒で来てよかった。動画で「知っている」のと、五感で「感じる」のは、まるで違う。これが旅なんだなと、改めて思いました。

知床で、ヒグマとシャチに会った

知床では、自然の本気に圧倒されました。

6日目、知床五湖は霧で真っ白。何も見えませんでした。ところが、五湖に行く道で——ヒグマに遭遇したんです。
それも、かなり若いオスグマ。
最初は「知床なら普通かな」くらいに思っていたのですが、ネイチャーセンターで話したら、「どこで?」「大きさは?」「距離は?」と質問攻め。どうやら、結構レアな体験だったようです。

オープンカーなので、襲われたら逃げ場がない。
あの瞬間は恐怖で、写真を撮ることすら忘れていました。
あとで車載カメラを確認して、やっと「本当にいたんだ」と実感したくらいです。

翌日、知床五湖にリベンジしたら、今度は快晴。
羅臼岳も知床連峰もくっきり見えて、前日とはまるで別世界でした。
そして午前中に越えた知床峠。
山にはまだ雪が残っていて、その雪景色の中を、オープンで走る。
この季節の、この時間にしか味わえない景色でした。

その日の知床ネイチャークルーズでは、人生で初めて、野生のシャチを見ました。
朝一番の便は風で欠航になっていて「今日は無理かな」と諦めかけていたのですが、結局2時間のクルーズで、ずっとシャチを追いかける展開に。
こちらは大興奮でしたが、シャチからすれば、しつこく追い回されて迷惑だったかもしれません(笑)。

予定通りにいかないから、面白い

正直に書くと、全部がパーフェクトだったわけではありません。

楽しみにしていた積丹ブルーは、その日はイマイチ。
サロマ湖をメインにする予定だった日は、午後から雨予報で、急きょ予定変更。
代わりに立ち寄った芝桜の滝上公園と、かみゆうべつチューリップ公園が、これがまた見事で、結果的に得した気分になりました。
本州とは違う時期に咲く花を、ちょうど旬で見られたのは幸運でした。

最終日の襟裳岬は、朝から海霧で真っ白。600頭以上いるというゼニガタアザラシも、まったく見えませんでした。でも、この「何も見えない襟裳」も、なぜか記憶に残っています。

いちばんヒヤッとしたのは、釧路の夜でした。
気温差で霧が出て、視界の悪い18時ごろ、突然、鹿の大群が道路を横切ったんです。
ハイビームにすると、鹿が道のど真ん中で固まる。
危うく激突するところでした。
あとで地元の人に聞くと、鹿は夕方から活動して、群れで移動するそうです。
1匹目が通り過ぎたあと、続く2匹目に衝突する——それが定番のパターンなんだとか。
知らないと、本当に危ない。

予定通りにいかないから、旅は面白い。頭ではわかっていたつもりでしたが、12日間で何度も、それを体で教わりました。

妻と二人、っていうこと

今回つくづく感じたのは、「何をするかではなく、誰とするか」でした。

留萌で泊まったホテルは、小さくて、ランドリーもなく、近くに食べる店も少ない。禁煙ルームが空いておらず、結婚して初めて、二人でダブルベッドで寝ました。34年目にして、です。少し不便なホテルでしたが、妻を身近に感じて眠ったあの夜は、なぜか妙に記憶に残っています。
豪華なホテルだけが、いい思い出になるわけじゃないんですね。

むつ牧場(旧ムツゴロウ王国)は、妻の聖地。
私も人生で初めて、ちゃんと馬に触りました。なぜか私の手だけ甘噛みされて、妻の手は舐めもしない。塩分なのか、それともオッサン成分なのか……(笑)。

釧路では、妻がずっと憧れていたカヌーにも乗りました。
屈斜路湖から流れる、釧路川の源流。自然保護区なので途中で降りることは禁止で、その「守られている感じ」も含めて、特別な時間でした。カヌーの上から、初めてオジロワシとノスリも見ました。

12日間、ずっと一緒にいて、それでも喧嘩しなかった。これも、ちょっとした自慢です。

58歳の体と、相棒のこと

ツーリングと言いながら、実際は約1時間に1回は、休憩を入れていました。年ですね(笑)。
でも、その休憩がまた楽しい。
最後のほうは、休憩するために走って温泉に入りに行っているような始末で——これはもう、ツーリングというより温泉旅だったかもしれません。

硫黄山では、火口のすぐ近くまで行けました。
硫化水素の匂いに、思わず体が反応した。仕事柄、この匂いには敏感で、昔は少し吸うだけで気管が詰まるような感覚があったんです。でも今は、治療のおかげか、まったく平気でした。火山のそばで、自分の体の変化に気づくとは思いませんでした。

相棒のロードスターも、よく走ってくれました。
出発前にプラグとリアのハブベアリングを整備しておいて、本当によかった。
北海道の道は思った以上に荒れていて、足回りの硬いロードスターには、路面の悪さがそのまま体にきました。それでも——いや、だからこそ、こいつでよかったと思っています。
20代の頃、私はヘルメットが嫌で、オープンカーに憧れていました。でも、当時はとても買えなかった。あの頃あきらめた憧れを、58歳でようやく相棒にして、この旅を走り切ったわけです。31年越しの旅に、ふさわしい一台でした。

そして、無事に帰ってきました。ロードスターも無事。鹿にもぶつからず、妻とも喧嘩せず、58歳の体も、最後まで耐えてくれました。約2,800km、ありがとう、北海道。

……と、きれいに締めたいところですが。

「楽しかった」「良かった」だけで終わるのは、この58歳のブログでは、少し物足りない気がしています。

実をいうと、いちばん心に残っているのは、北海道の景色そのものよりも、行きと帰りの、フェリーの上の時間だったのかもしれません。ネットも届かない、ただ海を眺めるだけの、あの空白の時間。そこで私は、時間のこと、お金のこと、そして自分自身のことを、ずいぶん考えました。

その話は、また別の記事で書こうと思います。

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